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高松高等裁判所 昭和33年(ネ)26号 判決

(控訴人、附帯被控訴人) 相原国太郎

(被控訴人、附帯控訴人) 松山税務署長

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取消す。

控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共附帯控訴費用をも含めて控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の控訴人に対する昭和二十五年分及び昭和二十六年分の各所得税青色申告提出承認の取消決定を取消す、被控訴人が控訴人に対し更正決定をなした昭和二十五年分所得金額九十五万円(高松国税局長の審査決定により同額に変更された)を金二十六万九千七百円に、昭和二十六年分所得金額五十八万五千六百円を金四十一万五千六百円に夫々変更する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、被控訴人の附帯控訴を棄却するとの判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴人の本件控訴を棄却する、原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取消す、控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否(中略)

理由

控訴人が松山市三津浜の商店街に店舗を設け妻と共に店員三名を使用して呉服太物小売商を営んでいること、控訴人が昭和二十五年一月三十一日同年分の所得税につき、又同年十二月三十一日昭和二十六年分所得税につき夫々被控訴人に青色申告書提出の承認の申請書を提出してその承認を受け、昭和二十六年二月二十八日昭和二十五年分所得の確定申告額を金二十六万九千七百円とし、昭和二十七年二月十五日昭和二十六年分所得の確定申告額を金四十一万五千六百円として夫々青々申告をしたこと、被控訴人が昭和二十八年六月二十二日前記昭和二十五年、同二十六年分の各青色申告提出承認の取消処分をなしその頃控訴人にその旨通知し次いで同年七月一日控訴人の昭和二十五年分所得金額を百十五万円昭和二十六年分のそれを五十八万五千六百円に各更正する旨の決定をなしその頃控訴人にその通知をしたこと、控訴人は右各決定を不服として被控訴人に再調査の請求をなしたが、全部棄却せられたので高松国税局長に審査請求をしたところ三ケ月を経過するも尚何等の通知がなく昭和二十九年九月十六日に至り昭和二十五年分の所得金額については控訴人の請求を一部認めてこれを九十五万円と変更し昭和二十六年分については控訴人の請求を全部棄却しその頃控訴人にその旨通知したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで先ず前記昭和二十五年、同二十六年分の各青色申告提出承認の取消処分の当否について検討する。控訴人がその営業に関し所得税法第二十六条の三第二項の規定により備付けている帳簿書類の記載に基ずく昭和二十五年度及び昭和二十六年度の各収支計算がそれぞれ原判決添付の別表一、二の各(イ)欄記載のとおりであることは当事者間に争がないから右収支計算による控訴人の右両年度における収入(売上金)に対する所得率(所得額の売上金に対する比率)がともに約四%であることは計算上明らかであるところで当審における証人相原幸子の証言と控訴人本人訊問の結果を綜合すると控訴人は昭和三年頃家業の洋品雑貨小売商を父から引継ぎ昭和十二年頃妻幸子と結婚後は同人にも手伝わせて松山市役所三津浜出張所吏員として勤務した昭和十九年頃から終戦のときまでの短期間を除き昭和二十五年一月呉服太物小売商に転業するまでの長期間右家業を続けていたものであるが昭和二十二年頃からは一般に衣料品と呼ばれる商品をも取扱い登録制度の行われた頃には登録店として呉服類の配給を受けこれを小売しておりその当時における取扱商品の割合は洋品雑貨類が六ないし七割呉服等の衣料品が三ないし四割であつたこと及び控訴人が従前の洋品雑貨小売商を止めて呉服太物類の小売商に転じたのは洋品雑貨商の傍ら呉服類の小売をした経験に照らし呉服太物商がより有利であることに気付いたがためであつて右転業の資本としては少額の現金の外従前の手持商品(繰越商品)をこれに充てておりこの繰越商品のうち八ないし九割は洋品雑貨類で残余は呉服等の衣料品であることが認められまた成立に争のない甲第十五号証同第十七号証同第二十号証同第二十一号証と弁論の全趣旨に徴すると右繰越商品の仕入価格は合計金八十四万九千四百六十六円(この価格は当事者間に争がない)であつてそのうち約八七%に当る金七十三万六千六百六円相当のものは昭和二十五年度中に販売され約九%に当る金七万五千八百八十八円相当のものは昭和二十六年度中に販売されていることがそれぞれ認められるのであるが成立に争のない乙第六号証同第七号証と原審証人豊永富吉同松下耐原審及び当審証人橋本俊三当審証人内田敦見の各証言を綜合すると洋品雑貨小売業者の昭和二十五年度及び昭和二十六年度における売上高に対する所得標準はともに十六%であつてまた呉服太物小売業者の右両年度における前同所得標準率はともに十三%ないし十八%であることが認められるのである。従つて特段の事情がないかぎり控訴人の右両年度における所得率も大体右の各所得標準率に近似すべき筋合であるが控訴人の帳簿書類に基ずく右所得率は前敍の如く僅に約四%であつて右標準率と比較し著しく寡少となつている。控訴人はその特殊事情として昭和二十五年一月より衣料品の統制が解除されると共に約三割の物品税が廃止され、当時の統制機関が昭和二十四年末迄に手持の莫大な輸出向規格外品と物資不足時代の粗製品等の衣料品を全部処分する目的で各小売業者に無理に割当配給したゝめ統制解除後の小売業者は非常な重荷を負つて出発することになつたばかりでなく統制が解除されたゝめ秘かに倉庫に隠されていた規格のない新製品や闇取引されていた優秀品が一時に市場に出たので市場価格は暴落し小売業者としては手持の不良品を半額乃至それ以下で見切売せねば収拾のつかぬ有様となつたゝめ、控訴人も前記のような不良品の割当配給を受けてその売捌に苦慮したし又控訴人は昭和二十四年までは洋品雑貨店であつたが昭和二十五年から呉服物専門店に転業し毎月売出をして手持の在庫品を投売したがその結果昭和二十五年から同二十六年にかけて昭和二十五年度の繰越在庫品を半額乃至それ以下で犠牲売して欠損したので控訴人の所有率が低率となつているのである旨主張するが転業による従前の手持在庫品投売の点を除く(一)その余の右控訴人主張事実は当時における配給小売業者一般に共通すべきことであつて控訴人のみに特有の事由ではなく原審証人岡田思愧三の証言及び当審証人内田敦見の証言によれば前記の所得標準率算定については右の事情をも考慮せられていることが窺われ(二)また手持在庫品投売の事実は後記措信し難い証拠を除いては他にこれを肯認するに足る確証がない。当審証人相原幸子同武士末敬一郎の各証言並に原審及び当審における控訴人本人の供述中には控訴人の右各主張事実に符合する供述部分があるがこれらの各供述は前記証人岡田思愧三同内田敦見の各証言その他弁論の全趣旨に徴してたやすくこれを措信し難い。従つて特段の事情がある旨の控訴人の右主張はこれを採用することができない。

ところで控訴人が昭和二十五年中に相原豊名義をもつて伊予銀行三津浜支店に合計六十八万二百五十七円の普通預金をしまた昭和二十六年中に相原幸子名義をもつて同銀行支店に十七万円の定期予金をしていること及び右各予金がいずれも控訴人の帳簿書類の予金勘定科目外の別途預金であることは当事者間に争がないから被控訴人が控訴人の所得率の著しく寡少であることと右別途預金の存することを理由として控訴人の帳簿書類には取引の一部を隠べいして記載しその記載事項全体について真実性を疑うに足りる不実の記載があると認められる相当の事由があるものとし所得税法第二十六条の三第九項に基ずき控訴人に対する昭和二十五年同二十六年の各青色申告提出の承認を取消したのはもとより相当の処分であつてこれを違法の処分としその取消を求める控訴人の請求は到底理由がない。

次に被控訴人のなした所得金額更正決定(但し昭和二十五年度分については高松国税局長によつて変更されたもの)の当否について検討する。

被控訴人は控訴人の前記相原豊及び相原幸子名義の各別途預金はそれぞれその予入年度における控訴人の売上除外ないしは所得の脱漏である旨主張し控訴人はこれに対し昭和二十四年度までに控訴人が有していたいわゆるタンス予金七十万円を銀行予金としたものである旨主張する。当審における控訴人本人の供述及び弁論の全趣旨によると昭和二十二年から昭和二十四年に至るまでの各年度における控訴人の営業所得及びこれに対する所得税額はそれぞれ左表のとおりである。

区分

確定申告額

更正決定額

摘要

所得

税額

所得

税額

昭和二二年

四六、〇〇〇円

一〇、九五〇円

七〇、〇〇〇円

二二、五一〇円

昭和二三年

二八〇、〇〇〇

一〇〇、八四六

三八〇、〇〇〇

一五九、三三〇

当初四五〇、〇〇〇円

二四・六・一四訂正

昭和二四年

四四〇、〇〇〇

一八九、五〇〇

申告是認

ことが窺われるからこの所得状況からすると控訴人が昭和二十四年度末において八十四万九千四百六十六円に相当する手持商品の外なお七十万円もの別途現金を保有し得たかどうか甚だ疑わしいのであつて控訴人の前記主張に副う甲第三号ないし第六号証の各記載内容原審証人富永富次郎、同藤田コメヨ同和田操同鳥谷フジ子当審証人相原幸子同二神貞治の各証言並に原審及び当審における控訴人本人の供述はたやすく措信し難くその他に右認定を左右するに足る確証は存しない。しかし被控訴人の全立証をもつてするも前記の各予金がすべてその主張する如き売上除外ないし所得の脱漏とは確認し得ないからこれを売上除外または所得の脱漏として控訴人の昭和二十五年及び昭和二十六年の各営業所得を算出認定することは妥当でない。以上説示する如く控訴人の帳簿書類を全面的に信用することができない反面前記の別途予金をそのまま売上除外ないしは所得の脱漏となし得ない本件においては結局前記の一般所得標準率に準拠してその所得金額を逆算推計する外なく従つてこの方法により算出せられた金額をもつてその所得金額と認定するのを相当と考える。ところで昭和二十五年度期首における繰越商品の八ないし九割は洋品雑貨であり残余は呉服等の衣料品であること及び洋品雑貨の一般所得標準率が十六%であることは前段認定のとおりであるが呉服太物につき一般標準率の最低率十三%を採用する関係上右繰越商品についても十三%を下らない所得のあつたものと認めてこの率によることにし当事者間に争のない原判決添付の別表一、二の各(イ)欄記載の販売原価、必要経費、雑収入の金額を基礎として右十三%の所得率により逆算推計すると控訴人の昭和二十五年度及び同二十六年度における売上及び所得はそれぞれ右別表一、二の各(ハ)欄記載のとおりとなること算数上明らかである。そうだとすれば控訴人の昭和二十五年度所得額を九十五万円昭和二十六年度のそれを五十八万五千六百円と更正した被控訴人の更正処分(但し昭和二十五年度分は高松国税局長の変更したもの)は相当であつて右各更正処分の変更を求める控訴人の請求もまた理由がない。右請求の一部を理由ありとして認容した原判決は一部失当として取消を免れ得ない。

よつて控訴人の本件控訴はすべてその理由がないものとしてこれを棄却し附帯控訴に基ずき原判決中被控訴人敗訴の部分を取消し控訴人の請求を棄却することとし訴訟費用(附帯控訴の費用をも含む)の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 加藤謙二 白井美則)

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